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この章では、ハッシュ探索という探索アルゴリズムを説明します。
ハッシュ探索は、O(1) という圧倒的に小さい計算量で探索を行える非常に優れたアルゴリズムです。つまり、データ数がどれだけあろうと、目的の要素がある場所をたった1回の計算だけで導き出せることを意味しています。どうしたらこんなことが可能になるのでしょうか?
原理はこうです。データを登録するときに、そのデータ自身の値を使って何らかの計算をおこなって、格納位置(通常、データ構造としては配列を使うので、その添字のこと)を決定します。
たとえば、登録するデータが整数だと仮定します。そして、登録するデータの値を n としたとき、n を 100 で割った余りを格納位置にするというルールにします。すると、537 というデータを登録するのなら、その格納位置は「537 % 100」という計算により、37 に決定されます。
探索するときも同じ計算をすれば、即座に格納位置が割り出せます。こうして、O(1) の計算量が実現できます。
このように、データの値と格納位置を何らかの約束事(計算式)によって対応付けてしまうというのが基本的な考え方です。そのため、ハッシュ探索を使うのなら、データ列もハッシュ探索向けに構築しなければなりません。すでにできあがっている配列や連結リストからハッシュ探索することはできません。
ハッシュ探索に関する用語を確認しておきます。
データが格納される配列のことをハッシュ表(ハッシュテーブル)と呼び、ハッシュ表の各要素をバケットと呼びます。
また、格納位置を決めるための計算は、ある値 x を、添字 index へと写像する関数 f(x) と考えられることから、ハッシュ関数と呼びます。そして、ハッシュ関数が返す値を、ハッシュ値と呼ばれます。
ハッシュ探索を実現するには、解決しなければならない問題があります。それは、ハッシュ関数によって決定された格納位置が、別のデータによって使用される可能性があるという問題です。
たとえば、冒頭で示した例のように「n % 100」というハッシュ関数を使うとします。すると、537 でも 837 でも 10037 でも、37 という位置を使うことになってしまいます。
このように、異なるデータなのに、同じ格納位置(つまり同じハッシュ値)を生成してしまう現象を、衝突(シノニム)といいます。
結論からいうと、衝突を避けることはできません。そこで、衝突が起きたとしても、ハッシュ探索の理論が破綻しない方法を考えなければなりません。幸いにもその方法論はいくつか確立されています。この章では、その1つであるチェイン法を説明します。もう1つの方法であるオープンアドレス法は、次章で説明します。
チェイン法(分離連鎖法)は、同じハッシュ値になるデータを、連結リスト(データ構造編第3章)によってつなげていくことによって、衝突を解決する方法です。イメージとしては、次の図のようになります。
こうすれば、データを格納する際、決定された格納位置にすでにほかのデータがあれば、連結リストに要素を追加することで対応できます。
それでは、チェイン法によるハッシュ探索のプログラムを取り上げます。ハッシュ探索に関わる部分は hash.c と hash.h に分離しています。また、チェイン法の実装のために連結リストを必要としますが、これはコードライブラリにあるサンプル実装 ppps_int_slistを使っています。
// main.c
#include <stdio.h>
#include <string.h>
#include "hash.h"
static void create_hash(void);
static void delete_hash(void);
static void print_explain(void);
static void print_blank_lines(void);
static enum CmdRetValue_tag get_cmd(void);
static enum CmdRetValue_tag cmd_add(void);
static enum CmdRetValue_tag cmd_remove(void);
static enum CmdRetValue_tag cmd_search(void);
static enum CmdRetValue_tag cmd_exit(void);
static void add_elem(int value);
static void remove_elem(int value);
static int search_elem(int value);
static void get_line(char* buf, size_t size);
// コマンド
enum Cmd_tag {
,
CMD_ADD,
CMD_REMOVE,
CMD_SEARCH,
CMD_EXIT
CMD_NUM};
// コマンド文字列の種類
enum CmdStr_tag {
,
CMD_STR_SHORT,
CMD_STR_LONG
CMD_STR_NUM};
// コマンドの戻り値
enum CmdRetValue_tag {
,
CMD_RET_VALUE_CONTINUE,
CMD_RET_VALUE_EXIT};
// コマンド文字列
static const char* const CMD_STR[CMD_NUM][CMD_STR_NUM] = {
{ "a", "add" },
{ "r", "remove" },
{ "s", "search" },
{ "e", "exit" }
};
// コマンド実行関数
typedef enum CmdRetValue_tag (*cmd_func)(void);
static const cmd_func CMD_FUNC[CMD_NUM] = {
,
cmd_add,
cmd_remove,
cmd_search
cmd_exit};
static Hash gHash;
int main(void)
{
();
create_hash
while( 1 ){
();
print_explain
if( get_cmd() == CMD_RET_VALUE_EXIT ){
break;
}
();
print_blank_lines}
();
delete_hash
return 0;
}
/*
ハッシュ表を作成
*/
void create_hash(void)
{
= hash_create( 100 );
gHash }
/*
ハッシュ表を削除
*/
void delete_hash(void)
{
( gHash );
hash_delete= NULL;
gHash }
/*
説明文を出力
*/
void print_explain(void)
{
( "コマンドを入力してください。" );
puts( " データを登録: %s (%s)\n", CMD_STR[CMD_ADD][CMD_STR_SHORT], CMD_STR[CMD_ADD][CMD_STR_LONG] );
printf( " データを削除: %s (%s)\n", CMD_STR[CMD_REMOVE][CMD_STR_SHORT], CMD_STR[CMD_REMOVE][CMD_STR_LONG] );
printf( " データを探索: %s (%s)\n", CMD_STR[CMD_SEARCH][CMD_STR_SHORT], CMD_STR[CMD_SEARCH][CMD_STR_LONG] );
printf( " 終了する: %s(%s)\n", CMD_STR[CMD_EXIT][CMD_STR_SHORT], CMD_STR[CMD_EXIT][CMD_STR_LONG] );
printf( "" );
puts}
/*
空白行を出力
*/
void print_blank_lines(void)
{
( "" );
puts( "" );
puts}
/*
コマンドを受け付ける
戻り値:
終了コマンドを入力されたら 0 を返す。
それ以外のときは 0以外の値を返す。
*/
enum CmdRetValue_tag get_cmd(void)
{
char buf[20];
( buf, sizeof(buf) );
get_line
enum Cmd_tag cmd = CMD_NUM;
for( int i = 0; i < CMD_NUM; ++i ){
if( strcmp( buf, CMD_STR[i][CMD_STR_SHORT] ) == 0
|| strcmp( buf, CMD_STR[i][CMD_STR_LONG] ) == 0
){
= i;
cmd break;
}
}
if( 0 <= cmd && cmd < CMD_NUM ){
return CMD_FUNC[cmd]();
}
else{
( "そのコマンドは存在しません。" );
puts}
return CMD_RET_VALUE_CONTINUE;
}
/*
addコマンドの実行
*/
enum CmdRetValue_tag cmd_add(void)
{
char buf[40];
int value;
( "追加する数値データを入力してください。" );
puts( buf, sizeof(buf), stdin );
fgets( buf, "%d", &value );
sscanf
( value );
add_elem
return CMD_RET_VALUE_CONTINUE;
}
/*
removeコマンドの実行
*/
enum CmdRetValue_tag cmd_remove(void)
{
char buf[40];
int value;
( "削除する数値データを入力してください。" );
puts( buf, sizeof(buf), stdin );
fgets( buf, "%d", &value );
sscanf
( value );
remove_elem
return CMD_RET_VALUE_CONTINUE;
}
/*
searchコマンドの実行
*/
enum CmdRetValue_tag cmd_search(void)
{
char buf[40];
int value;
( "探索する数値データを入力してください。" );
puts( buf, sizeof(buf), stdin );
fgets( buf, "%d", &value );
sscanf
if( search_elem( value ) ){
( "見つかりました。" );
puts}
else{
( "見つかりませんでした。" );
puts}
return CMD_RET_VALUE_CONTINUE;
}
/*
exitコマンドの実行
*/
enum CmdRetValue_tag cmd_exit(void)
{
( "終了します。" );
puts
return CMD_RET_VALUE_EXIT;
}
/*
要素を追加する
引数:
value: 追加する要素の数値データ。
*/
void add_elem(int value)
{
( gHash, value );
hash_add}
/*
要素を削除する
引数:
value: 削除する要素の数値データ。
*/
void remove_elem(int value)
{
( gHash, value );
hash_remove}
/*
要素を探索する
引数:
value: 探索する要素の数値データ。
戻り値:
発見できたら 0以外、発見できなければ 0 を返す。
*/
int search_elem(int value)
{
return hash_search( gHash, value ) != NULL;
}
/*
標準入力から1行分受け取る
受け取った文字列の末尾には '\0' が付加される。
そのため、実際に受け取れる最大文字数は size - 1 文字。
引数:
buf: 受け取りバッファ
size: buf の要素数
戻り値:
buf が返される
*/
void get_line(char* buf, size_t size)
{
(buf, size, stdin);
fgets
// 末尾に改行文字があれば削除する
char* p = strchr(buf, '\n');
if (p != NULL) {
*p = '\0';
}
}
// hash.c
#include "hash.h"
#include "ppps_int_slist.h"
#include <stdio.h>
#include <stdlib.h>
struct Hash_tag {
* table; // ハッシュ表
PPPSIntSlistsize_t size; // data の要素数
};
static size_t hash_func(Hash hash, int key);
static void* xmalloc(size_t size);
/*
ハッシュ表を作る
*/
(size_t size)
Hash hash_create{
struct Hash_tag* hash = xmalloc( sizeof(struct Hash_tag) );
->table = xmalloc( sizeof(PPPSIntSlist) * size );
hashfor( size_t i = 0; i < size; ++i ){
->table[i] = ppps_int_slist_create();
hash}
->size = size;
hash
return hash;
}
/*
ハッシュ表を削除する
*/
void hash_delete(Hash hash)
{
for( size_t i = 0; i < hash->size; ++i ){
( hash->table[i] );
ppps_int_slist_delete}
( hash->table );
free( hash );
free}
/*
ハッシュ表にデータを追加する
*/
void hash_add(Hash hash, int data)
{
size_t index = hash_func( hash, data );
( hash->table[index], data );
ppps_int_slist_add_front}
/*
ハッシュ表からデータを削除する
*/
void hash_remove(Hash hash, int data)
{
size_t index = hash_func( hash, data );
( hash->table[index], data );
ppps_int_slist_delete_elem}
/*
ハッシュ表からデータを探索する
*/
int* hash_search(Hash hash, int data)
{
size_t index = hash_func( hash, data );
= ppps_int_slist_search( hash->table[index], data );
PPPSIntSlist elem if( elem == NULL ){
return NULL;
}
return &elem->value;
}
/*
ハッシュ関数
*/
size_t hash_func(Hash hash, int key)
{
return key % hash->size;
}
/*
エラーチェック付きの malloc関数
*/
void* xmalloc(size_t size)
{
void* p = malloc( size );
if( p == NULL ){
( "メモリ割り当てに失敗しました。", stderr );
fputs( EXIT_FAILURE );
exit}
return p;
}
// hash.h
#ifndef HASH_H_INCLUDED
#define HASH_H_INCLUDED
typedef struct Hash_tag* Hash;
/*
ハッシュ表を作る
引数:
size: ハッシュ表の大きさ
戻り値:
作成されたハッシュ表。
使い終わったら、hash_delete関数に渡して削除する。
*/
(size_t size);
Hash hash_create
/*
ハッシュ表を削除する
引数:
hash: hash_create関数で作成したハッシュ表
*/
void hash_delete(Hash hash);
/*
ハッシュ表にデータを追加する
引数:
hash: hash_create関数で作成したハッシュ表
data: 追加するデータ
*/
void hash_add(Hash hash, int data);
/*
ハッシュ表からデータを削除する
引数:
hash: hash_create関数で作成したハッシュ表
data: 削除するデータ
*/
void hash_remove(Hash hash, int data);
/*
ハッシュ表からデータを探索する
引数:
hash: hash_create関数で作成したハッシュ表
data: 探索するデータ
戻り値:
ハッシュ表の要素へのポインタ。
見つからなければ NULL。
*/
int* hash_search(Hash hash, int data);
#endif
このプログラムを実行すると、コマンドの入力を求められます。たとえば、“a” または “add” と入力すれば、ハッシュ表へ要素を追加しようとします。このコマンドの場合は、続けて、追加する要素の入力を求められます。
ハッシュ表への要素の追加、要素の削除、探索のコマンドを実装しています。とりあえず、適当に追加や削除を行い、動作を確かめてみてください。
それでは、実装内容を確認していきましょう。
ハッシュ表を探索する関数は、hash_create関数です。
ハッシュ表の各バケットが連結リストになります。初期状態では、連結リストの先頭部分だけが並んだような状態になっています。
引数にはハッシュ表の要素数を指定しますが、実際にはバケットは1つ1つが連結リストになるのですから、ここで指定した要素数を越えて要素を追加することができます。だからといって、要素数を極端に小さく指定すると、衝突が頻発することになります。
チェイン法において衝突が起こるということは、連結リストが伸びていくということです。その結果、連結リストの要素の動的な割り当てが行われることによる速度低下や、メモリ使用量の増加につながるほか、探索の際にも、連結リスト内をたどる回数が増えるため、全体的に性能が悪化します。
ですから、ハッシュ表の要素数を適切に決める必要性があります。とはいえ、これは非常に難しく、色々試してみるしかありません。また、素数を使うとよく、2 のべき乗を使うのは悪いことが知られています。
なお、ハッシュ表の要素数が、実際に格納する可能性がある要素数よりも大きく取ったからといって、衝突が起こらないことが保証されるわけではないことに注意してください。ハッシュ関数が生成するハッシュ値が同じになり得るのなら、やはり衝突は起こります。ハッシュ表に十分な要素数があるのと同時に、ハッシュ値も被らないことが保証されないかぎり、衝突は避けられません。
要素の追加は、hash_add関数で行っています。
まず、hash_func関数を呼び出して、格納位置を決定しています。hash_func関数は名前のとおり、ハッシュ関数を実装したものです。このサンプルプログラムでは、ハッシュ関数は、渡された整数値をハッシュ表の要素数で割った余りを返しています。
格納位置が決定したら、その位置にある連結リストの先頭に挿入しています。連結リスト上の要素の並び順に特に意味がないのであれば、先頭に挿入した方が高速です。
要素の削除は、hash_remove関数で行っています。
ここでもやはり、hash_func関数を呼び出して格納位置を調べます。その位置にある連結リストをたどることで、目的の要素を見つけ出せるので、あとは連結リストからの削除処理を行えば実現できます。
要素の探索は、hash_search関数で行っています。
探索は、削除とほとんど同じです。ハッシュ関数によって格納位置を調べ、そこにある連結リストをたどっていきます。
サンプルプログラムでは、データの値 n と、ハッシュ表の要素数 s
を使って、n % s
という計算によって格納位置を決定しています。しかし、登録するデータが
int型のような整数でなかったら、このような計算が行えません。
たとえば、データが文字列のときには、1文字1文字を文字コードの値にして考えればいいでしょう。実数のデータなら、小数点以下の部分がなくなるように、10倍なり 100倍なりすれば、整数値を得られます。こういった工夫を加えれば、基本的にどんな種類のデータであっても扱えるはずです。
良いハッシュ関数は、次の特性を持っています。
散らばるというのは、異なるデータならば異なるハッシュ値になってほしいということです。散らばりが悪いハッシュ関数を使うと、衝突が頻繁に起こってしまいます。チェイン法では、連結リストが長く伸びていく結果になりますから、性能悪化を招きます。
また、いくら散らばりの良い結果を返すとしても、計算式が複雑すぎてハッシュ関数そのものが低速だと、全体的に性能低下を招くことは明らかです。
n % s
というハッシュ関数は、s
の値次第では散らばりがとても悪くなります。特に悪いのは、s が 2
のべき乗のときです。たとえば、32, 256, 65536
といった数ですが、こういった数を使うと、n
の下位の方のビットだけによって結果が決定してしまいます。もちろんデータの傾向によるのですが、下位に近いビットが同じになるケースは多く、かたよりが起こりやすいと言えます。
n % s
というハッシュ関数を使うのなら、ハッシュ表の要素数 s
を素数にするとかたよりが解消されやすいことが知られています。
ハッシュ探索は、要素の追加も削除も探索も、すべて O(1) で行える非常に優れたアルゴリズムです。
しかし、チェイン法においては、衝突が起きると、連結リストをたどることになるので、実際の性能は低下します。ハッシュ表の要素数やハッシュ関数を工夫することで、避けられる事態ではありますが、最悪の場合には、すべてのデータが同じバケットに集まってしまいます。こうなるともはや、ただの連結リストに他ならないので、O(n) の性能にまで悪化する恐れがあります。
ハッシュ探索では、要素がどのような順番で並んでいるかに関しては、考えに入っていません。そのため、登録済みのデータを昇順に書き出す、といった処理は効率的に行えないという欠点もあります。
チェイン法においては、連結リストの部分がどうしても長くなってしまう場合、リスト構造にこだわらず、二分探索木(【データ構造】第8章)などのツリー構造を使うという手もあります。連結リストをたどると線形探索(第1章)の性能しか出ませんが、ツリー構造ならば、二分探索(第4章)程度の性能を期待できるので、全体の性能向上に貢献するかもしれません。
問題① サンプルプログラムを改造して、ハッシュ表の状況を出力するコマンドを実装してください。
問題② ハッシュ表に登録されている要素数を返す関数を作成してください。
問題③ 次の文字列専用のハッシュ関数は、あまり良い実装ではありません。なぜでしょうか。また、どうすればより良くなるでしょうか。
int hash_func(Hash hash, const char* key)
{
int h = 0;
while( *key != '\0' ){
+= *key;
h ++Key;
}
return h % hash->size;
}
要素数を意味している「サイズ」について、「要素数」に表記を改めた。
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